2010年02月17日

オルセー美術館展2010 ポスト印象派

2月14日の日経新聞に「オルセー美術館2010」開催が社告として掲載されていた。
オルセー美術館所蔵のポスト印象派115点が展示されるとのこと。

オルセー美術館が改装中なので実現したらしく、

「計画当初には、このように値段のつけられない作品による展覧会を世界巡回させることに懸念もあったが、オルセー美術館が誇る100のマスターピースで展覧会を開催したかった」
ギ・コジュヴァル オルセー美術館館長

というオルセー美術館がそのまま日本に引っ越してくるくらいの展覧会なのだそうだ。

オルセー美術館展というのは何年かに一回開かれてるような気もするが、その過去の展覧会の目玉作品だけではなく、60点近くが日本初上陸らしい。。。。

じゃー、どんな作品が来るんだろうと、気になってしまうが、この展覧会は世界巡回展で、現在はオーストラリアのNational Gallery of AustraliaMasterpieces from Parisとして開催中なのだが、まあこのホームページをご覧あれ。

ご開帳〜 というくらいなサービス。

113作品の画像と簡単な解説(作品によっては音声ガイド付)を無料で見ることができるのだ。

 モロー「Orpheus」、モネ「Study of a figure outdoors: woman with a sunshade turned to the right」、ゴッホ「Portrait of the artist」、ルドン「The sleep of Caliban」、ロートレック「Woman with a black boa」、ゴーギャン「Tahitian women」などなど

混雑必死の展覧会なので、National Gallery of AustraliaのHPで満足するもよし、ここでしっかり勉強して実物に会いに行くもよし。

日本の美術館にゃー、こんな芸当できないよな〜。。。
ニックネーム とりとん at 22:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2010年02月07日

柴田是真展、おもてなしの美、文化庁メディア芸術祭

最近見た展覧会を短めに。

(1)柴田是真の漆×絵 (三井記念美術館

柴田是真という作家を全く知らなかったのだが、展示品の漆工芸品にも漆絵にも、久しぶりに「これ欲しい!」「これも欲しい!」という作品の連続攻撃にあってしまった。

活躍期は江戸時代から明治時代にかけてなのだが、現代工芸といっても通用するくらい斬新なデザインや、「だまし漆器」なるわざと陶器の金接ぎのようなことを漆器でやっていたり、遊び心があるように見受けられるものが多数陳列されていた。

ほとんどがエドソンコレクションということで、簡単には日本では再び出会う機会はないだろうから図録を買ってしまった。

(それと美術館の配慮で出品目録のほかに漆の用語の解説も置いてあったのは素晴らしい!)

超が付くくらいお勧めの展覧会だが、今日までなので。。。


(2)おもてなしの美 宴のしつらい (サントリー美術館)

サントリー美術館の収蔵品を「おもてなし」を切り口に展示した展覧会。
相変わらず学芸員のセンスの良さを感じる。
前半は新年のもてなし(展覧会スタートが1月27日なのでなんでいまさら正月?と思ったが、丁度旧正月に当たるからということで納得)、後半は雛祭りのもてなし、後半も観に行ってしまいそう。

(3)文化庁メディア芸術祭 (国立新美術館)

文化庁主催ならではの入場料無料の展覧会。
アート、アニメ、映像、ゲーム、Web、マンガなど、54ヶ国・地域の2,592作品から選ばれた受賞作品と審査委員会推薦作品を約180点紹介しているらしい。らしいというのは、無料ということもあるのか、会期が約一週間というのもあるのか、結構若い人たちで混雑しており、全部を見てきていないのだ。

アート部門は次の二つが印象に残っている。
・Mr. Lee Experimentインタラクティブ
 画面の中を歩いている人をスポイトで吸い出して、別の画面(砂の中、水の中、ハムスター用のくるくる回るやつなど)に移し替えて、その中で別の体験をする(たとえば、水におぼれるとか、ハムスターの代わりに走るとか)。再び元に戻すと砂を払うしぐさをするとか、とても楽しい(見方によってはシュール)な作品。
・川瀬浩介氏のインスタレーション「ベアリンググロッケンK」
ベアリングを落とすことで音楽を奏でるのだが、ベアリングの撥ね方とか音とかを計算しつくしている作品。周りの轟音にかき消される音楽が可哀そう。主催者も場所を選んであげないと。

エンターテイメント部門は、電気グルーブのFake it!のミュージックビデオ。延々と且つ間髪をいれず続く高飛び込み。あれをどうやって撮影したのか気になる。
ニックネーム とりとん at 18:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2010年01月24日

ボルゲーゼ美術館展@東京都美術館

東京都美術館で開催中の『ボルゲーゼ美術館展』に行ってきた。(公式HPとしては、すでに終了した京都国立近代美術館版の方が参考になるような)

上野駅に着くまでは、東博の常設展を観て来ようと思っていたのだが、なんか空いている予感(上野駅公園口のチケット売り場が閑散としていたということだが)がしたので、東京都美術館を回ってから決めることに。都美術館に回ってみると、行列のぎの字もなさそうだったのでボルゲーゼ展に予定を変更。

予定変更は、大正解。土曜日の午後の大型特別展なのに、他の鑑賞者に煩わされることなく自由に鑑賞することができた。(ほとんどの絵に説明が付いているので音声ガイドに頼らなくても展示物の理解可能)

序章 ボルゲーゼコレクションの誕生 から

 まず最初の序章では、マルチェロ・プロヴァンツァーレの「オルフェウス」

 小ぶりの作品だが、これがモザイク画。ボルゲーゼをオルフェウスに見立てて、周りに動物を配しているのだが、モザイクのパーツがとても細かくて繊細な感じであった。

J.15世紀・ルネサンスの輝き から

 ボッティチェリと工房による「聖母子、洗礼者ヨハネと天使」

 聖母子、ヨハネは顔が好きではないが、後ろに立っている6人の天使。羽根や輪が描かれているわけではないので天使と言われないと、そうは見えない。でも、この6人がとてもボッティチェリらしい風貌。

 ラファエロによる「一角獣を抱く貴婦人」

 京都展の公式HPに説明のある謎の絵。修復後の作品が展示されているが、貴婦人が一角獣を抱いているというモチーフがとても不思議。

 ダヴィンチの模写「レダ」
 
 模写しか残っていない絵らしいが、これがすごい。何が凄いって、ゼウスの化けた白鳥の好色さが描かれているところ。レダの体に回された羽根もさることながら、白鳥の目。この目が、好色男の目そのもの。

K.16世紀・ルネサンスの実り 百花繚乱の時代 から

 この章では、眠るヴィーナスから始まる裸体画がずらっと並ぶコーナーが圧巻。
 一番ぞくっときたのは、タイトルは忘れたが、ヴィーナスの髪飾りをキューピッドが直している絵。

 ギルダンディオの「ルクレチア」と「レダ」

 レダの方に描かれている鳥は、白鳥のはずだが別の鳥のよう。でも、このレダ、ゼウスが姿を変えてまでも自分のものにしたいと思ったのもむべなるかなと思わせるような妖艶な魅力が。
一方のルクレチアは、近寄りがたい毅然とした美しさが。

 ヤコポ・ズッキによる「アメリカ大陸発見の寓意」

 絵の一番下に描かれている猿(メガネザル?)が何かとても印象的

 カラッチによる「聖フランチェスコ」
 
 カラッチによる聖フランチェスコの絵が2点。カラッチっていう画家は余程フランチェスコに心酔していたのかなと思って会場を後にしたが、帰って作品リストを見たら、同姓の別の画家が描いた偶々同じモチーフの絵だった。

 ヤコポ・パッサーノによる「春」

 春を題材にしている作品なのだが、春の息吹が感じられない、冬の延長のような絵。イースターが来るまでは春といってもこんな感じなのだろうな。

L.17世紀・新たなる表現に向けて カラヴァッジョの時代 から

 カラヴァッジョの時代というからカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」が主役なのだが、
 一番印象的だったのは、

 バリオーネによる「この人を見よ(エッケホモ)」

 磔刑にされる前に拷問を受けた後のキリストを描いている作品。キリストの目がうつろで、相当な辱めを受けたのが想起される作品。

作品リストを見ると、展示されている作品の数は48点。特別展としては作品数は少ないが、一点一点が濃密。作品と作品の間のスペースもたっぷりあり、堪能できる展覧会だと思う。

PS
東京都美術館美術館改装前最後の特別展。改装後はロッカーの数を増やしてほしい。
他の展覧会に来ている観客を含めて、皆空きのロッカーを必死で探しております。
ニックネーム とりとん at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2009年04月05日

ため息とミステリークロック 『Story of ・・・』

会場である東京国立博物館/表慶館を出るまでに一体どのくらい女性のため息を聞いたか。

東博で開催中の特別展『「Story of …」カルティエ クリエイション〜めぐり逢う美の記憶』を観てきた。

確かに、受付から一階の会場に入ると薄暗いショーケースの中にこれでもかというくらいのカルティエのジュエリーの数々が。
ティアラやネックレスが明かりに照らされてキラキラ輝くのを見たら、ため息をついてしまうのも納得。世の女性たちがジュエリーに魅せられるのも納得。

会場の女性たちはジュエリーの前には長く陣取るのだが、スーッと通り過ぎるものの中にミステリークロックがあった。
この特別展でミステリークロックの存在を知ったのだが、ミステリークロックは針がクリスタルの中に浮かんでいるような錯覚を受けるカルティエの代表的な置き時計らしい。
このミステリークロックの前では驚嘆のため息を漏らしてしまった。

入場者は一階のショーケースの前で時間を費やしているが、この特別展の愁眉は二階の会場である。

二階に上がると巨大な黒い箱とマハラジャネックレス(チラシの画像)が眼前に飛び込んでくる。巨大な黒い箱の上の空間にはマハラジャネックレスの解説映像が流されている。この映像は四方から見ることができるが、液晶画面?は見えない。映像が空間に浮かんでいるように見えるのだ。

これぞまさしくミステリークロック。

隣の二部屋には長方形の箱が。長辺に二列向かい合ってジュエリーが展示されているが、それぞれのジュエリーの解説映像が向い側に映るのだ。しかし、ここでも映像を通して向い側でジュエリーを鑑賞している人の姿が見えるのだ。

ここにもミステリーが。

二階最後の部屋には、メキシコの女優マリアフェリックスがオーダーしたクロコダイルやスネークのイヤークリップがどんと真ん中に展示されている。その頭上にはやはり映像が。

階段を降りると、黒い超巨大な箱が。順路に従い、回っていくと、ホーンテッドマンションさながらカルティエ工房で作業する職人の後ろ姿が。
前に回るとその職人が使っている作業机(実体)と映像が。

最後の部屋は打って変わってこうこうとした明かりの白い部屋。そしてそこには、この特別展を監修した吉岡徳仁氏とカルティエがコラボしたオブジェが、ほのかな香水の香りととみに存在している。

驚きに満ちた展覧会。
カルティエなんて、ジュエリーなんて、そう思っている人も一見の価値ありの展覧会である。
ニックネーム とりとん at 22:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2009年03月01日

ピカソとクレーの生きた時代 @ bunkamura ザ・ミュージアム

ノルトラインヴェストファーレン州立美術館のあるデュッセルドルフ、住んでたことがあるんです。でも、そのころはドイツ語が達者であったわけでもなく、たぶん、手元にあった地球の歩き方には書いていなかったので、知らずにスルーをしていたのでした。

同美術館の改修工事のおかげで、こうして収蔵作品にお目にかかることができました。
全部で64点、うち3点はレンバッハハウスの所蔵品なのでNRWの収蔵品は61点。

ピカソが前に来ているけど、展示作品の数ではパウルクレーの方が多いので、クレーとピカソでも良かったんじゃないかと。ピカソの方が客は呼べるのだろうが、土曜日なのにそれほど混雑しておらず、その目的は達せていないのだから。。

それはともかく、64点という作品数は少ないようでいて、どれも選りすぐりではないかと感じるくらい、質の高い絵がそろっていたし、結構楽しめる展覧会でした。

それに、作家の最初の絵のところには、作家のプロフィールが書かれたプレートが貼られていたのも、なかなか良し。初めて知る画家でもどういう人かを知ることができた。

お好みの絵はというと、
ジョージグロスの「恋わずらい」(映画マスクを想起してしまいました)
ピカソの「ギター」(ものすごくざらついたタッチで描かれた作品)
    「ひじかけ椅子に座る女」(激しいタッチで描かれたている作品なので
     遠目で見るのと近くで見るのでは感じが変わる絵)
マグリットの「とてつもない日々」「出会い」「庶民的なパノラマ」(タテ型のパノラマって着想がなかなか面白い)
リヒャルト・エルツェの「日々の苦悩」(ファンタジーの世界のようで重い感じを漂わせていた絵、初めて知った画家でした)
エルンストの「揺らぐ女」
クレーの「ムシュー・ベルレンシュヴァイン」「頭と手と足と心がある」(作品の四隅にそれぞれ頭と手と足がばらばらに配置され、それを中央に描かれたハートのマークが結んでいる構成が面白い絵)
「リズミカルな森のラクダ」(隠し絵のように、ラクダが描かれており、かわいい絵)
「赤いチョッキ」(これも記号が絵になっているようで面白い絵)「ヴィーナスは進み、また戻る」「ベルリンのまぬけ」「宝物」
などなど。

昨年末のピカソ展に行ってピカソはもういいって思っている人も、それだけではないので
是非、足を運んでほしい展覧会です。
ニックネーム とりとん at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2009年02月14日

げじげじ松 / 松樹・梅花・孤鶴図

東京国立博物館表慶館で開催中の『未来を開く福沢諭吉展』に建国記念日に行ってきた。
KOブランドの威光?で親子連れで賑わっていた。
福沢諭吉にまつわる資料が多数展示されていた。

福沢諭吉の髷姿、侍装束を初めて見ることができてうれしかった。とだけ言っておこう。

表慶館や同時開催中の妙心寺展の賑わいぶりとは対照的に常設展は相変わらず静かなものである。
しかし、東京国立博物館の常設展である。思いもかけない芸術品に出合うことが結構あるのである。特別展で疲れたとしても、どこかで少し休憩して常設展を見てから帰ることをお勧めする。

例えば、今なら、国宝「興福寺鎮壇具」が阿修羅展を控えているからか展示されている。他にも国宝がゴロゴロと。

個人的なお勧めは、
1階11室彫刻の『五大明王像』(平安時代、山梨・桑戸区蔵)、13室漆工の国宝『片輪車蒔絵螺鈿手箱』(平安時代)、14室「おひなさまと人形」の江戸時代の雛人形の数々、18室近代美術の『灰袋子』平櫛田中作などなど

最もお勧めなのは、次の2点。
2階1室仏教の興隆の『東大寺戒壇院の広目天立像(模造)』
 戒壇院四天王のうちで最も好きな広目天。
 原品ではないが、戒壇院では遠目に見るしかないが、間近に見えることができるのは
 凄いこと。当時の色彩・模様が窺うことができるのも良い。
2階8室書画の展開の『松樹・梅花・孤鶴図』伊藤若冲筆
 数多くの作品を見ながら歩いていると、突然、コミカルな鶴が目に飛び込んできた。
 一幅の掛け軸であるが、若冲の鶴とわかる。鶴の頭上には松の木が描かれているが、
 解説には「げじげじ松」と。確かに言われてみるとげじげじのような描きぶり。

実際に見て欲しいと思う。
ニックネーム とりとん at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2009年01月31日

仏像のない展覧会 妙心寺展 @東京国立博物館

関山慧玄(かんざんえげん)(諡号:無相大師)の650年遠諱(おんき)を記念して東京国立博物館で開催されている特別展「妙心寺」。

去年の薬師寺展や間もなく開催される三井寺展など、仏教関係の展覧会の目玉は寺宝の仏像であるが、この展覧会には国宝4件を含めた多数の寺宝が展示されているが、仏像は一体も展示されていない。

会場に入ってすぐに、開祖関山慧玄の堂々とした像が出迎え。厳かな雰囲気に身を引き締めて会場を進む。

まず、達磨から始まる禅の六代祖師像の六幅の掛軸が。この展覧会には書や肖像画の掛け軸が多数展示されている。
なので、臨済宗に造詣がないと偉人の肖像画の掛軸や書を見ても感慨というのがわかない。

そんな中でも、螺鈿で作られた玉凰院の「山水楼閣人物図螺鈿引戸」、同じく玉凰院の「瑠璃天蓋」などが目を惹く。

とんとんと進んでいくと、「第6章 妙心寺と大檀越」(東博では第5章が省略されているので5番目の展示コーナー)に入ると、豊臣秀吉の三歳で亡くなった子棄丸の遊具(玩具船<重文>)、小形武具<重文>、春日局の瑠璃天蓋など目を惹くものが出てくる。
中でも曾我蕭白筆「福島正則像」。蕭白の手にかかると人物像もなんかおどろおどろしくなるのが面白い。

そして、第7章 近世の禅風 ―白隠登場―
白隠の達磨像(白隠は達磨像をたくさん描いたそうだが、その中でも最大のもの)が圧倒的迫力で迫ってくる。

第8章 禅の空間 2 ―近世障屏画のかがやき―
たぶん、普通の鑑賞者のためのハイライトはこの最終展示コーナーにある数々の障屏画。
狩野元信「四季花鳥図 霊雲院方丈障壁画のうち」<重文>
長谷川等伯「枯木猿猴図」<重文>
狩野山楽「龍虎図屏風」<重文>
などなどため息がつくものばかり。

そんな中でも、メトロポリタン美術館から里帰りした狩野山雪「老梅図襖 旧天祥院障壁画」の迫力には圧倒されます。

前半の寺歴を追う展示はともかく、最終章の近世障屏画の展示を見るためだけに出かけるだけの価値があると思う展覧会でした。
ニックネーム とりとん at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2009年01月17日

japan 蒔絵展 サントリー美術館

久しぶりの更新となります。
更新は久しぶりとなりますが、何もしなかったわけではなく、例えば、年が明けてからは、
元日: 初詣 & 元日の吉例となった七福神めぐり (今年は、新宿山手七福神)
二日: 福袋 & japan 蒔絵展 (サントリー美術館)
三日: 映画 K-20 怪人二十面相・伝
十日: 博物館に初詣 (東京国立博物館)

そして、今日、japan 蒔絵展。

二回目の鑑賞です。考えてみたら、二回見に行った特別展は初めてではないだろうか。
去年の「対決展」「薬師寺展」ももう一度見に行きたいと思いながら、行列に恐れをなして一回で我慢したというのに。。。

理由は二つ。

ひとつめは、その昔、正倉院展で螺鈿紫檀五絃琵琶を見てから、漆工芸、螺鈿細工、象嵌、蒔絵が好きになってしまったということ。
もうひとつは、この展覧会を機に、サントリー美術館のメンバーズクラブの会員になったということ。
会員になると何回も無料で入館できるし、音声ガイドも無料で使用できるもので。。。

好きとはいっても、別に、研究をしているわけではないので、国宝 舟橋蒔絵硯箱(本阿弥光悦)のように、名品は日本国内にあるものだと思っていたが、どうしてどうして、
海外に名品が輸出され、海外に沢山保管されているということを初めて知ったのでした。

マリーアントワネットが、その母マリーテレジアから譲り受けた蒔絵工芸品を含めて、
蒔絵コレクターだったというのも驚き。
ゴータ・フリーデンシュタイン城美術館(ドイツ/チューリンゲン)、ヴィクトリア&アルバート美術館、ヴェルサイユ宮殿美術館、バーリーハウス(イギリス)、ギメ東洋美術館、ドレスデン工芸美術館などから、名品が日本に里帰りしています。

小箱、香合、沈箱といった小物から、箪笥まで、これでもかというくらい陳列されており、欲しい、欲しいの連続でした。

中でも、
ゴータ・フリーデンシュタイン城美術館の「漆の間のあるドールハウス」、
アルバート美術館の「ファンディーメンの箱」「マザラン公爵家の櫃」
ギメ東洋美術館の「黒主蒔絵香合」、
ワデスドンマナーの「楼閣山水蒔絵ポプリ入れ」などなど、
この展覧会で見ないと二度と見ることができそうもない作品は時間をかけて
しっかりと目に焼き付けてきました。

1月26日まで
ニックネーム とりとん at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2008年10月28日

そこには確かに光がある。 ハンマースホイ展

国立西洋美術館で開催中のハンマースホイ展に行ってきた。

最初の展示室から不思議な感覚に捉われていた。
どの絵も眼前で見ると薄靄がかかっているというか、紗がかかっているというのか、
ひょっとして、ハンマースホイは眼病に罹っていてそれを写生したのではないか、
そう思うほど、光がどこかに拡散して消えているように感じた。

しかし、展示室の中央に立ち、展示されている絵画をぐるっと一望すると、
絵から光が溢れていたのだ。一対一で絵と対峙した時には見えない光が絵から溢れている
ように感じた。

そうして、再び眼前で眺めると、普通であればその絵の中心となるべき対象物(例えば、
人物や調度品)に光が集中していないのだ。まるで、部屋のドアや壁がその絵の中心で、
人物や調度品はそのドアや壁を惹きたてるための小道具でしかないかのように見える。

上野に行くならば、他の展覧会(フェルメールや琳派)の方向に足が進むと思うが、
途中で寄ってみる価値があると思う。いや、フェルメールや琳派ならばいつか再び会える
かもしれないが、これを逃すとハンマースホイには再び会えないかもしれない。
是非に。
ニックネーム とりとん at 22:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2008年10月18日

八犬伝の世界 / 千葉市美術館

切手趣味の世界にはティピカルコレクションと言って、ある一つの分野、テーマに絞って世界中で発行されている切手を収集するということがあるが、南総里見八犬伝にテーマを絞って浮世絵をコレクションしている人がいるのだということを初めて知った。

現在千葉市美術館で開催されている八犬伝の世界展は、服部仁氏の八犬伝浮世絵コレクションを中心に構成され、懐かしのNHK人形劇「新八犬伝」の人形犬塚信乃(ジュサブロー作)なども展示されている。

さて、この南総里見八犬伝であるが、曲亭馬琴の作品であることは歴史の教科書にも記載されているのだが、これがなんと、全98巻106冊に及ぶ読本であることは、この展覧会で初めて知った。
この展覧会には106冊揃いで展示されているのだが、開かれているページには、予想外に挿絵がふんだんに盛り込まれており、奇想天外な物語がさらにビジュアライズ化され、当時の人たちが読みふけっている姿が想像された。(今まで、一部には絵は刷られているだろうが、ほとんどが文章による本だと思っていたので)

一見の価値あり。10月26日まで開催。
同時開催の「ナンバーズ・数をめぐって」もお忘れなく。

入場料1000円であるが、ラッキーなことに今日、明日(19日)は千葉市民の日で入場無料。

なお、服部氏の収蔵品の中には、河鍋暁斉の新板福神八犬傳之図なる錦絵もあり、異色を放っていた。
ニックネーム とりとん at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2008年07月19日

対決 巨匠たちの日本美術 その2

六番勝負 円山応挙 VS. 長沢芦雪

虎対決。
度肝を抜いたのが、芦雪の「虎図襖」(無量寺)。
四面の襖に巨大な一頭の虎の絵が。
日本一巨大な虎の絵らしい。想像でこんな絵を描いたっていうのは凄い。

ということで、芦雪に一票。

虎ではないが、応挙の「保津川図屏風」、保津川の流れが臨場感豊かに描きこまれている。
これはさすが応挙。

七番勝負 野々村仁清 VS. 尾形乾山

なんでも鑑定団で初めて名前を聞いた、仁清。その作品の実物を観たのは初めてだと思う。色彩の鮮やかさに目を奪われた。こういう陶器なら確かに欲しいと思う。

仁清に一票。

八番勝負 円空 VS. 木喰

同じ東博の仏像展以来の再開。円空の無骨な仏像と、どれをとっても愛らしい木喰の仏像。どちらも仏像の固定観念からは超越したところにある仏像。

素晴らしいとは思うのだが、どうにも円空の仏像にはシンパシーを感じないので、木喰に
一票。

九番勝負 伊藤若冲 VS. 曽我蕭白

若冲の「仙人掌群鶏図襖」、6面の襖に若冲お得意の鶏が描かれているが、その脇には
仙人掌、即ち、サボテンが。

江戸時代にサボテンがあったのか?あったとしても、なんで鶏と??
非常に不思議な絵。一見の価値あり。

若冲では、「石灯籠図屏風」も展覧されているが、この石灯籠、点描で描かれている。
ほーっとは思うが、ふーんとも思う、そんな絵。

蕭白では、「群仙図屏風」。これも不思議な絵。蝦蟇仙人など8人の仙人が描かれているが、龍に乗った青い衣の仙人が描かれている隣には地の色と同化した仙人が描かれていたり、主役の仙人の全員が色鮮やかに描かれているわけでもなく、添え物?の子供たちや鶴が色彩鮮やかに描かれていたりと、それでいて色彩が印象に残る絵。

ここは若冲に一票、蕭白も健闘しているが群仙図屏風以外に目を惹くものがなかったので。

十番勝負 池大雅 VS. 与謝蕪村

この展覧会では一番スペースがとってあったのではないかという印象の対決。
池大雅の十便帖の釣便図(実物は訪問日には展示されていなかったが)は切手で見たよな、とか、蕪村の「楼閣山水図屏風」(多分)に見入ったりもしたが、この勝負では
知恵熱が出てきたかボーッとしていてはっきりとした印象がない。

ただ、一番最後に展示されていた与謝蕪村の「鳶鴉図」二幅が印象に強く残っている(この絵好きだな)のでここは、蕪村に一票。

十一番勝負 喜多川歌麿 VS. 東洲斎写楽

浮世絵対決は、甲乙つけがたいが写楽に一票。
重要文化財の版画も展示されていたが、かの高額切手で有名なビードロを吹く女(展示ではポッピンを吹く娘)が重要文化財でないということを知りました。

最終勝負 富岡鉄斎 VS. 横山大観

作品はそれぞれ一点。大観の富士山も良かったが、鉄斎の妙義山、奇怪な風景が描かれており、この風景を見てみたいと思ったので、鉄斎に一票。

この展覧会で特筆すべきは、音声ガイド、一人の巨匠に一回解説が付いているが、それぞれの解説者が違う、つまり、24人の俳優、声優が解説しているので、聴き比べるのも面白い。

それから、たくさんの屏風が展示されているが、せっかくの屏風なのに、展示ガラスの桟が視界を遮るのはどうにも頂けなく、仕方ないのだろうが、工夫があっても良かったように思う。

この展覧会も混雑必至なのだろうが、展示替えの後、もう一回見に行きたいと思う。
ニックネーム とりとん at 23:54 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観る

2008年07月15日

対決 巨匠たちの日本美術 / 東京国立博物館

同時代を活躍した二人の巨匠(画家、陶芸家、彫刻家)を対決という切り口で並べて比較している面白い展覧会に行ってきた。

対決するのは12組の巨匠たち。

一番勝負 運慶 VS. 快慶

まずは、仏師対決。一番目の勝負に相応しく、地蔵菩薩一体ずつの対決である。
運慶仏の力強さと、快慶仏のたおやかさ。

ここは快慶の地蔵菩薩立像(東大寺)に一票。

二番勝負 雪舟 VS. 雪村

雪舟の「慧可断臂図」の慧可の決意を表す腕の切断が描かれ方にも圧倒されるが、雪村の「蝦蟇鉄拐図」の軽妙な妖かしの世界も素晴らしい。

慧可断臂図は二度目なので、雪村に一票。

三番勝負 長谷川等伯 VS. 狩野永徳

永徳のきらびやかさと等伯の静謐の対決。檜図屏風と松林図屏風、あまりにも有名な国宝が鎮座(両方とも東博の所蔵なので比較的見る機会が多い作品でもある)。その国宝に負けず劣らずの屏風(萩芒図)もあり。

ここは等伯の凛とした静けさに一票。

四番勝負 長次郎 VS. 光悦

楽茶碗対決。茶碗は良くわかりません。でも、どちらの作品でもお茶を点ててもらいたいと思う。

この勝負、判定不能。

五番勝負 尾形光琳 VS. 俵屋宗達

俵屋宗達の「風神雷神図屏風」は、展覧会下期の目玉。現在は展示されておりませぬ。それでも、宗達の「蔦の細道図屏風」は左右を取り換えても道がつながるという構図が面白い。

宗達に一票。そういえば東博では「琳派展」も控えているらしい。

ここで前半戦終了。(あと七戦あるが、入り口側の展示室がここで終っているので)
ニックネーム とりとん at 23:08 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観る

2008年06月16日

mobile art

Casa Brutusが通巻100号で"今一番行っておきたい美術館"と評したシャネルのアートイベント『Mobile Art』に行ってきました。

良く見に行くブログにmobile artが開催され、発券(無料)が始まったという記事を見て、早めに発券していたので、シャネルにはトンと縁がないものの、無事に鑑賞することができました。
聞くところによると、既に発券枚数を売り(?)切ったとのことで、キャンセル待ちしかないという状況らしい。

会場に着くと、目の前にあるのは壮麗な宇宙船といったような物体、これが香港、東京、ニューヨーク、ロンドン、モスクワ、パリを移動するというパビリオン。確か、去年のグレゴリーコルベールのash and snowも移動美術館であったが、仮設であることを感じさせない頑丈そうなパビリオン。

そのパビリオンに二人づつ招じ入れられ、係の女性にMP3再生機を装着してもらう。二人づつ会場には入ったが、MP3の再生が時間差となっているので、会場を出るまでの40分間一緒に会話することはなく、MP3のナレーターと二人きりの時間を過ごすこととなる。(これをSound Walkというらしい)

MP3は、普通の美術館で貸し出される音声ガイドではなく、mobile art内のナビゲーターであって、常に一緒に居て会場内をいろいろと案内してくれるが、決して、展示されているアートの解説をすることはない。
展示されているアートは現代アートで理解が難しいものであるが、理解を助けることはあるが、決して解説を押しつけることはない。

このMP3の案内に逆らって自分のペースで回っている人もいるようには見受けられたが、ナビゲーションに従って、順番に入り、そして規則的に順番に出ていく。
なんか、ベルトコンベアで運ばれていくようで、傍から見たら、これ自体もアートを構成しているように見えるかもしれない。

あっという間の40分。
一人だけ(ナビゲーターがいなかったらということ)だったら、その半分もかからずに会場を後にしているのだろう。そして、記憶から消えてしまっただろう。

一番好きだったのは、レアンドロ・エルリッヒの「The Side Walk」というインスタレーション。どんなインスタレーションかは会場で。。

レアンドロって名前、どこかで聞いたことがあるなぁと思っていたが、そう、金沢のレアンドロのスイミングプールのレアンドロである。光と影の揺らぎが今回のインスタレーションにも共通しているかも。

あとは、匂い付きの巨大なシャネルバッグ(シルヴィ・フルーリ)、豚革のシャネルバッグ(ヴィムデルボワイエ)など。

それにしても、シャネルというか、カールラガーフェルドは凄いというか太っ腹。
まず、これだけのイベントが無料であること、最後のクロークで渡して貰える豪華なブックレット、シャネルの広告を匂わせる個所はわずかであるにも拘わらず、無料であること。

無料ということ以外にも、なんか得した気分になれるアートイベントでした。
ニックネーム とりとん at 23:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観る

2008年06月14日

大日如来坐像 と 不空羂索観音立像 宝冠

例の海外オークションに出品されて三越が落札(注文主は宗教法人真如苑)したとして話題となった大日如来坐像。

その仏像が国立博物館で公開されているというので行ってきた。本館入口をはいった一階右手のところに黒山の人だかり(ちょっと誇張あり)が。
そう、現在はそこに陳列されているのだ。
順番を待って仏像を拝見すると、それは、思っていたよりも小ぶりの像だが、顔はふくよかで、穏やかな表情、手元に置いておきたいと思える素晴らしい仏像。

これから数年かけて、研究をすることになっているようだが、レントゲン撮影では胎内に水晶や木札などが埋められていることも分かっており、研究結果が公表されるのが待ち遠しい。
喧伝されているように運慶作なのかも数年後には判るのだろうが、仮に運慶作ではないとしても、素晴らしい仏像には変わりないと思う。

このような仏像が海外に流出しないで、そして、多くの人が見ることができるようになっていることは、感謝したいことである。

さて、東大寺法華堂に安置されている不空羂索観音立像(国宝)には、頭上に宝冠がかぶされているらしいのだが、体長3.6メートル(といっていたかな?)を下から拝むような形なので、なかなか宝冠までは見ることができないらしい。
それが、東博と凸版印刷の共同ワークバーチャルリアリティのミュージアムシアターで、あたかも目前で見ているが如き風景を再現してくれるという。

宝冠には銀の仏様や水晶玉、ヒスイ、真珠、トルコ石、ラピスラズリ、ガラス玉などの装飾が施されており、まさに宝冠という言葉がぴったりするものであった。
そのほかの装飾も説明つきで見ることができるので、見る価値ありと思う。

まもなく大々的な特別展が始まるので、二つをまとめてじっくり(このじっくりがポイント!!)見るのは通常展示期間の今がチャンス。
ニックネーム とりとん at 17:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2008年05月06日

バウハウス・デッサウ展/東京藝術大学美術館

順不同となってしまうが、GW初日に芸大美術館で開催中の『バウハウス・デッサウ展』に行ってきた。

バウハウスという言葉は良く聞くが、建築やデザインとは縁遠い生活をしているので、どういうものなのかは正直良く理解していないまま展覧会へ。

バウハウスが建築・デザイン関係の学校であること(潮流の総称であると勘違いしていた)、バウハウスとしては14年(1919年からナチスによる閉鎖1933年)の短い期間で会ったこと(にもかかわらず現代に至るまで大きな影響を与えていることに驚愕)、講師陣には色彩面でパウル・クレーやカンディンスキーも関与していたこと、ヴァイマールからスタートしデッサウを経てベルリンで幕を閉じたことなどなど、お恥ずかしながらの世界ではあるが、この展覧会を通じて知ることが出来た。

ドイツ旅行をいつか果たした日にはデッサウにも寄って、実際のバウハウスを見てみたいと思った。

ところで、音声ガイドは谷原章介がナレーションをしているが、対象を絞り込めていないのか、イマイチの感あり。
ニックネーム とりとん at 21:02 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観る

2008年02月11日

わたしいまめまいしたわ

東京国立近代美術館で開催中の特別展「わたしいまめまいしたわ」に行ってきた。

『現代において「わたし」の根拠を問い、「わたし」を取り巻く世界を認識し、「他者」との新たな関係を切り拓こうとする作品を集めて、それらを複数の視点からご紹介します」(チラシより)という展覧会で、タイトルの回文の親しみやすさとは反対にコンセプトがなかなか難しい展覧会だった。

コンセプトを理解しようとすればするだけ理解とはほど遠くなり、出口を出た時にはタイトル通りめまいしており、同時開催中の所蔵作品展「近代日本の美術」を観て正気に戻ったような気がする。

現代美術は理解しようとしてはいけないのかもしれない。

PS
でも、こういうテーマを切り口に展覧会を構成するという試みは素晴らしいと思うので、今後も続けてほしい。
ニックネーム とりとん at 18:35 | Comment(2) | TrackBack(2) | 観る

2008年01月08日

アートと日常の狭間で Space for your future

東京都現代美術館で開催中の『Space for your future アートとデザインの遺伝子を組み替える』を観てきた。

3階の会場に向かう脇の空間に浮かぶ巨大な四角いアルミの風船『四角いふうせん』by 石上純也、3階のエスカレーター前の天井から下がっているレース様の切り抜き『無題』byエリザベッタ・ディマッジョ、沢尻エリカがメイクだけで100面相を演じた写真が壁面に並ぶ『100Erikas』byタナカノリユキなどの作品が展示されている。

作品によっては、アートの中に入ったり(Light Lodge by前田征紀)、着たり(フィトヒューマノイドbyエルネストネト)、上ったり(アシュームヴィヴィドアストロフォーカス)することができるのだが、一見するとアートと思えない作品が並んでいるので、結構、鑑賞者も作品に触れてしまい、学芸員?が注意する光景を多々見かけた。

例えば、マイケルリンの作品は、正面の花のキャンバス絵画だけではなく、そこにつながる三方の壁に鉛筆で書かれた花の絵もあわせて一つの作品を構成しているらしい。のだが、壁はやはり日常の壁なので触ってしまう人もおり、学芸員に注意されていた。

誰も花のキャンバス画には触れようとしないのは、キャンバス画は美術品というすりこみがあるからだが、壁は絵が描かれていようとそれは日常の壁であり、壁紙の感覚を持ってしまうので美術品との意識が薄れて触ってしまうのだろう。

結局、副題の「アートとデザインの遺伝子を組み替える」という意味は良くわからなかったが、アートと日常の狭間で触れてよいのか、ただ鑑賞するだけなのかの感覚を浮遊しながら作品を鑑賞してきたような気がする。
ニックネーム とりとん at 23:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 観る

2007年10月14日

アムステルダム国立美術館所蔵フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展

開館後初めて国立新美術館に行ってきた。
奇しくも、国立新美術館を設計した黒川紀章氏逝去(合掌)の翌日。

牛乳を注ぐ女』は混雑を避けるためか、広いスペースにポツンと一点、展示されていた。
展示空間に入って感じた第一印象は、「小さい」であった。 その昔、東京国立博物館でドラクロアの『民衆を導く自由の女神』が公開されたときもそう思ったことがあったが、その比じゃないくらい小さかった。

そしてじっくり鑑賞(予想していたよりも鑑賞者の数が少なかったのも幸い)したら、牛乳の白さが際立って印象に残った。絵の中の女性の視線が注がれていたのもあるのか、重点がその一点にあるかのように、牛乳の流れの白さが浮き出ているように感じた。

当然ながら、フェルメールの絵はその一点限りであるが、展示されている絵や版画を見ていると光をうまく絵に取り入れているのを感じた。フェルメールの影響を受けているのか否かはわからないが、オランダの風景画の沈鬱な暗さと対照的に、ここに展示されている室内の絵には見事に光が取り入れられているのだ。

どんよりとした天候の合間をぬって現れる太陽の明かりを国民が渇望しているのが、推察された。フェルメールの絵を見ることが出来たことよりも、展示作品の絵の中に描かれている光に感動をした展覧会であった。

展覧会をでると、お決まりの販売所であるが、至る所に『牛乳の注ぐ女』だらけで、なんかとてもおかしかった。
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2007年05月06日

ほほえみ美術館 足利

5月5日、こどもの日、足利市の「ほほえみ美術館」の『若冲と應挙』展に行ってきた。

「ほほえみ美術館」は常設の美術館ではなくて、5月3日〜5日の3日間だけの美術館である。
会場は、足利厄除大師「龍泉寺」の本堂と地下のホールである。

地元の市民が美術に親しむために開かれているらしく、展示方法もおおらか。ほとんどの絵画(掛け軸)は、ガラスケースに入れられることなく、触れることが出来る距離で展示されているのだ。当然触ったりはしないが、絵の細部を見るために顔を近づけることだってできる。

入場料は無料!、しかも行った時間帯には3名の案内の方がそれぞれの分野について解説してくれていた。

『若冲と應挙』というが、若冲は3点「庭鳥双幅」(雄鶏と雌鳥の対)と「伏見人形図画賛」、應挙は2点「狗子」と「幽居雪積図」。ほかに、池大雅(1点)、谷文晁(2点)、田能村竹田(1点)、徳川慶喜(書)などが本堂に並ぶ。

地下に降りると、木村武山、下村観山、横山大観、東山魁夷、棟方志功などの大家の絵画も数点づつ展示されていて、たが、小川芋銭と小杉放庵の絵画、書簡が小特集として展示されていた。

小川芋銭は河童の画家として知っていたが、小杉放庵は初めて知った画家であった。
(美の巨人たちのHPを参照、小川芋銭小杉放庵

特に小杉の絵は不思議な雰囲気をかもしていたが、これはどうも麻を漉き込んだ特注の紙に描いたためのようだ。日光に放庵美術館があるらしいので、一度は訪ねてみたい。

それにしても、これらの絵画は寺が所蔵しているものもあるが、栃木や近県のコレクターが所蔵しているものを借りてきているらしい。
中には贋作もあるかもしれないが、そんなことはどうでも良いアットホームな、そして質の高い展覧会でありました。

時間をかけて見に行った甲斐がありました(足利フラワーパークの藤の開花時期に当たっているので帰りの東武線特急が取れなかった)。
解説の方が今年で3回目と説明されていたが、来年も続けて欲しいと思うのでありました。

ちなみにフラワーパークには人ごみが想像できて行かなかったが、龍泉寺境内にも立派な藤が満開で、藤の甘い香りを胸いっぱいに吸い込んできました。(ところで、藤の蜜って香りに劣らず甘いのって知ってる?)
ニックネーム とりとん at 13:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2006年12月02日

Bones

Fox(CS/CATV)の連続ドラマ『Bones』第一シーズンの放送が終わってしまった。

残された骨から死因・犯人を割り出していくという法医学物のドラマであるが、毎回出てくる事件を縦糸、主役のブレナン博士の両親失踪の謎、ブレナン博士とFBI捜査官ブースとの深まる関係を横糸として毎回わくわくしながら観ていたのだが・・・。

第一シーズン最終話は、遂にブレナン博士が母親の遺骨と対面するというショッキングなオープニングでスタート。しかし、ハッピーエンドとはなることなく、失踪の謎は更に深まり、ブースとの関係ももどかしいままに終了。

第二シーズンの放送がスタートすることが待ち遠しい。(FOXのHPを見ると第二シーズンは10話まで米国では放送済。日本では、来年夏ごろにスタートということになるのかな?)
ニックネーム とりとん at 10:06 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観る

2006年11月19日

スーパーエッシャー展

エッシャーという人物の名前と作品は、ルノワールやダヴィンチよりを知るよりも前、多分小学生の頃から知っていたと思う。

そんなエッシャーであるが、作品の実物を見たことは皆無であったので、Bunkamuraザ・ミュージアムで開かれている『スーパーエッシャー展 ある特異な版画の軌跡』に行ってきた。

エスカレーターを降りて左手に折れたところ、なんとチケット購入待ちの人の列が結構出来ており、チケット買うのに20分待ちだという声も聞こえた。一瞬ためらわれたが、わざわざ、大嫌いな渋谷の町に出てきたのだから仕方がないと、列に加わる。
これだけの列が出来ているのに、チケット窓口はひとつしか開いていない。何やってるんだ?とちょっと怒りかけたが、会場に入ってみて、その理由氷解。

会場は行ってすぐのカウンターには任天堂DSが積み上げられており、これがエッシャー展の音声ガイドなのだ。しかも、な、な、なんと無料で借りられるのだ。
普通美術館の音声ガイドって500円取るじゃん、それが無料。しかも、任天堂DSなので、順路も画面に表示され、音声ガイドのある絵も、拡大表示できて、スタイラスペンでなぞることで細部もしっかりと見ることが出来るようになっているのだ。

そんなガイドの数も限られているので、入場を制限する必要があって、チケット販売をゆっくりとしていたのだ。
会場内は混んではいたがゆっくりと見る余裕もあり、結構快適であった。

エッシャー=だまし絵、ということで、ずーっとだまし絵作家だと思ってました。でも、ちゃんとした技術を持った版画家だったんだね。(先般のダリがしっかりとした技術を持った画家であることを知ったのと同じくらいびっくり)
その版画も緻密に出来ていて、最初の作品から目を奪われてしまった。

展覧会の副題が「版画家の軌跡」というだけあって、エッシャーが正則分割を通って、だまし絵にたどり着く過程が良くわかって、面白かった。

会場の最後の方には、なぜか70年代の少年マガジンが展示されているのだが、このマガジンにエッシャーのだまし絵がシリーズで取り上げられていたんだって。(そうそう、昔の漫画誌って読み物も充実していたんだよね。)
だから、エッシャーの名前とだまし絵は子供の頃から知っていたのかもしれない。

併設のショップで会場限定発売のスーパーボックス(1万円也)を買って帰ってきた。没年の1972年にあわせて1972個の限定でナンバリングもされていた。ちなみにスタート1週間で300番代でありました。
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2006年11月05日

仏像 一木にこめられた祈り 上野は芸術の秋真っ盛り(その3)

『南方熊楠』ではないが、期待していないで観に行ったものに拾い物があるのはなぜだろうか。

東京国立博物館で開催中の『仏像 一木にこめられた祈り』展も、所詮、仏像が並んでいるだけだろうなんて思いながら、観に行ったのだが、これがどうして、面白かった。

まず会場に入って最初の仏像が白檀で作られた「十一面観音菩薩立像(東京国立博物館蔵;唐時代)」である。十一面の観音の顔だけではなく、数珠などの装飾具に至るまで精緻に彫りこまれているのに驚嘆。

同じ十一面観音菩薩立像でも、現存する日本最古の「十一面観音菩薩立像(奈良国立博物館蔵;奈良時代)」は、表情も柔和で穏やかな作りで、同じ題材の仏像でも中国とは違うのが面白い。

面白いと言えば、寺で仏像を拝む場合は、正面からしか見ることが出来ないが、背面からも観ることが出来るのが博物館ならではである。そして、十一面観音の後頭部には、「暴悪大笑面」が一面彫られているのだが、この顔が笑面というだけあって面白い表情をしているのを観ることが出来るのが楽しい。

ちなみに、十一面の構成は、菩薩面(3面)・忿怒面<怒りの顔>(3面)・牙上出面<牙を出す顔>(3面)・暴悪大笑面(1面)・仏面(1面)とのことである。

会期前半のメインの「国宝・菩薩半跏像(京都・宝菩提院願徳寺蔵)」は、これが木製??と思うくらい黒光りしており、しかも蓮台の下まで一木で作られているのには驚く。
それにしても、この菩薩像の表情にはなまめかしいものがあるのは何故だろう。

そして、第二会場に思いがけない出会いが待っていた。
宝誌和尚立像(京都・西住寺蔵)と、円空の素朴な仏像群と、木喰のコミカルな仏像群である。

宝誌和尚立像の顔面は、仮面が割れて顔面が出てくることが描かれているとかで、一瞬顔面を見た時に、顔面が波打って見えて目がおかしくなってしまったかと思ってしまった。
こういう仏像があると言うのが面白い。

そして円空の仏像。お恥ずかしながら、円空の名前は知っていたが、運慶、快慶といった仏師と同列の仏師と思っていたので、トーテムポールのような素朴な造りというか、幼稚な彫りというか、会場で最初に見たときは、なんでこれが寺の本尊として拝まれているのかわからなかったが、よーーく見ると、親しみ易い柔和な顔をしており、仏像が身近にいるような感じがして、崇拝の対象となるのも判るような気がした。庶民の為の仏ということだろうか。

次に出てくるのが、木喰(もくじき)のコミカルな仏像群である。円空よりも更に親しみがあり、拝む対象というよりも、語りかけたくなるような仏像群である。

「十王坐像(兵庫・東光寺蔵)」の中の白鬼立像は、先日、金沢の博物館で見た薬屋の鬼の像を髣髴させる作りで、ひょっとしてこの像が模されていったのかなと思ったりした。

この展覧会も必見であると思う。
ニックネーム とりとん at 10:22 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観る

2006年11月05日

上野は芸術の秋真っ盛り(その2)

風変わり?なところでは、東京国立科学博物館で開催中の『化け物の文化誌展』と『南方熊楠-森羅万象の探求者-』。

両方とも通常展のチケットで観ることが出来る。今開催中のメインは『ミイラと古代エジプト展』である。

このメインのミイラ展は科博には珍しいくらいに、子供の姿は少ない。ミイラシアターの前で「怖いから入りたくない」と言ってぐずっていた少年がいたくらいなので、ミイラ=化け物との感覚が強いからなのかもしれない。
しかし、怖いなんていうことはなく、開封?されていないミイラを最新技術で分析していく試みがされているなかなか面白い企画である。

ミイラシアターでは、今では珍しい3Dメガネが渡されて、3Dの映像を楽しむことが出来るが、自分にはこのメガネがなくても3Dで鑑賞できたら良かったんだが・・・。

閑話休題

『化け物の文化誌展』については、テレビのニュースで、河童、天狗、人魚のミイラ・遺物をX線等で分析して、精緻な作り物であることが判明したなんていうことが、報道されていたので、きっとレントゲン写真やどういうもので出来ているのかの解説もされているのかと思っていたのだが、そんなことは全然なく、ミイラ・文献等がそのまま展示されているだけで、わくわくして見世物小屋に入ったのに、正体見たり枯れ尾花ということで、会場を後にしたのだった。

それとは反対に意外と面白かったのが、『南方熊楠』の展示コーナーである。多くの標本とともに、彼の偉業を目で追っていくことが出来る。これはお勧めである。
ニックネーム とりとん at 09:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2006年11月05日

上野は芸術の秋真っ盛り(その1)

芸術の秋にふさわしく今年も多くの美術館・博物館で力の入った特別展が開催されている。

既に記載した『ダリ回顧展』は、ダリが単なる奇を衒った芸術家ではなく、哲学と確固とした絵画の技量を持っていることを実感できる必見の美術展である。

嗜好の差もあるのだろうが、ちょっと残念だったのが、『大エルミタージュ美術館展』
副題が「いまよみがえる巨匠たち400年の記憶、ヴェネツィア派からモネ、ゴーギャン、ルノワール、ピカソまで」。
確かに、名の挙がった巨匠達の作品だけではなく、未見の作家達の作品にも触れることが出来るのだが、今回の展覧会のコンセプトは「都市と自然」なので、風景画が中心なのだ。

この展覧会で一番好きだったのは、ルードヴィヒ・クナウスの「野原の少女」であった。

副題に「都市と自然」を想起させる表現が入っていれば良いのだが、違うものを期待していったのでなんかちょっと肩透かしを喰らったような感じがする展覧会であった。

(美術館のショップで「この絵に呼ばれて来たんだと思う」と言って複製画を買っていた人がいたので、未知の絵に出合える機会ではあると思う。)
ニックネーム とりとん at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2006年10月22日

ダリ回顧展

ダリ生誕100年記念の『ダリ回顧展』(上野の森美術館)に行ってきた。
9月23日スタートで来年1月4日までやっている(しかも会期中休館なし)というので、会期初めなら空いているんじゃないかと、10月9日(体育の日)に行ってみたのだが、美術館に着いたときにはなんと入場45分待ちの行列が出来ていたので、その日は諦めてしまった。
行列を待つのはいいが、会場に入っても落ち着いて作品が見られないのは嫌だったからだ。

金曜日に所要で休みを取ったのだが、午前中にその用事が終わったので、これを逃す手はないと思い、勇んで出かけたのだが・・・。
外に行列はなく、入場券もすんなりと買えたのだが、券売所の女性が、発券したら返金できません、というようなことを言ってチケットを渡してきたので、何を言うのかと思いつつ、会場へ突進しようとしたら・・・、なんと、会場前に入場待ちの列が出来ていた。

それでも平日なのでそれほど待つこともなく入場できたが、入場制限していただけのことはあり、会場内は混雑しており、じっくりと鑑賞出来ない状態であった。

作品は、カダケス時代の自画像「病める子供」から最後の作品「燕の尾とチェロ」までのダリの生涯を俯瞰するには充分な作品が展示されており、存分に堪能することが出来た。

ダリの作品というと、奇抜な着想や溶けた時計や無数の蟻といったイメージを抱いていたのだが、父への畏敬の念、『晩鐘』への恐怖心、平和を希求する心、ガラに対する愛情と尊敬が作品の中に織り込まれているということを知り、ダリファンなら当たり前のことかもしれないが、素描の上手さ、異空間の事象をひとつの絵に盛り込む巧みさなどにも感服してしまった。

本当に、もっとじっくりと鑑賞したいと切に思ったのだ。

主催者も混雑することが容易に想像できるのだから、先般の東京藝術大学美術館のルーブル美術館展の日時指定優先入場券とか、国立科学博物館のミイラ展のような日時指定入場券を採用して、鑑賞しやすい環境を作ることを考えて欲しいものである。

平日の朝一番でないとじっくりと鑑賞できないようであるが、絶対に損はしない展覧会だと思う。
ニックネーム とりとん at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(1) | 観る

2006年09月09日

雑草はどこにあるのか?? 21世紀美術館

話題の金沢21世紀美術館に行ってきた。
丁度コレクションKという常設展が始まったところだった。
入館料350円を支払い、それとほとんどの人が借りていなかったが、音声ガイド100円を借りて入館。
にもかかわらず、第一室を通り越して、『カプーアの部屋』に入ってしまった。部屋の中は薄暗く、斜めの壁の中央に黒っぽい楕円が描かれている。まるでブラックホールのようである。なんか不思議な空間で現代美術に違和感を感じている自分でもすんなりとなじめた。

描かれているという表現をしたが、描かれているのか、貼られているのか、くりぬかれているのかのようにも見える。一体どれが正しいのかは自分の目で確かめて欲しい。
それと、黒っぽいというのも、これも自分の目で確かめて欲しい。

コレクションKは、このカプーアの部屋(正確には、カプーアの部屋はコレクションKに入っておらず、常に公開される作品のようだ)以外に全部で6室に作品が展示されている。

印象的な作品は、まず、第二室 田中敦子作『電気服に基づく素描』。素描自体は設計図のようなものであるが、その設計図に基づいて作られた電気服(展示されていない)が一体どんなものであったのか想像が膨らんでしまった。しかし、電気服は1957年の美術展に出品されたというのにはとても驚いてしまった。(乞う、電気服の展示)

次に第四室 嵯峨篤作『MUMI 013-018』、白く塗られたパネルが6枚並んで展示されているが、白く塗られたパネルを一枚づつ凝視してみると、うっすらと物体が浮かび上がってくる。何が浮かび上がってくるかは自分の目で。

そして第五室 小島久弥作『男は海水の中をダイビングしている』。作品を直接見る前に設置されている望遠鏡で作品を覗く。ワイングラスの中にダイバーが泳いでいるのが見える。マクロとミクロを作品に取り入れた面白い作品である。

ほかにも、面白い作品はあるのだが、ひっそりと展示されている『雑草』という作品が印象的である。正確に言うと、有料ゾーンにひっそりと展示されている『バラ』という彫刻
と対になった作品で、無料ゾーンにこれまたひっそりと展示されている。

雑草を探す為に、無料ゾーンを二週したのだが、見つけることが出来ず、受付の人に答えを聞いてしまった。受付の人は親切に教えてくれはしたが、ピンポイントの場所を教えてくれるのではなく、エリアを教えてくれただけだった。教えてもらったエリアに行くがやはり見つからない。諦めて、何気なく視点を変えてみたら、そこに緑色の雑草が・・・。なんかとても感激してしまった。

無料ゾーンにも印象的な作品がある。
まず、『雲を測る男』。快晴の空にうっすらと伸びる雲を黄金色に輝く男が定規で測っている風景がなかなか面白い。
雲を測る男.jpg
これもまた作品なのだろうが、揺れる椅子に座って眺めていると時間を忘れてしまいそうである。
揺れる椅子.jpg
それと、タレルの部屋。ドアを開けて部屋に入ると、正方形に切り取られた天井が目に入る。壁にすえつけられたベンチから眺めてみると、雲の動きとあわせて画面が変わっていくのがとても面白い。
タレルの部屋.jpg
ニックネーム とりとん at 01:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観る

2006年09月03日

信貴山縁起絵巻

絵巻が博物館/美術館で公開される時は、作品への影響も考慮してか、その一部のみが公開されることが多いが、現在、石川県立美術館で特別公開されている『信貴山縁起絵巻』は、国宝誕生110周年記念を機として、その全三巻が全て解かれて公開されている。当然、信貴山縁起絵巻としては初めてのことであるとのことである。

『信貴山縁起絵巻』は、『源氏物語絵巻』『伴大納言絵巻』『鳥獣戯画』とともに四大絵巻のひとつで、平安時代中期の信貴山/朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)を中興した僧・命蓮の説話が描かれたものであるとのこと。

全三巻は、その一・・・命蓮の托鉢が長者宅の米倉ごと信貴山まで空を飛んで運んでいき、長者の乞いによって米俵だけが空を飛んで戻るという「飛倉の巻」(主催者北國新聞では、「山崎長者の巻」)、その二・・・帝の病気平癒を信貴山で祈祷し、祈祷の証として剣の護法の童子を信貴山から都まで使者として飛ばす「延喜加持の巻」、その三・・・命蓮の姉が弟を探して信濃の国から信貴山まで歩く「尼公の巻」からなっており、その長さは全長36メートルになるとか。

信貴山縁起絵巻で知っているのは、国宝切手に用いられた剣の護法の童子の姿しかなく、縁起でもありきっと勇ましい場面が描かれたものなのだろうと思っていたが、源氏物語絵巻のようなとりすましたところのない庶民の暮らしぶりが滑稽さを交えて巧妙に描かれていることに驚いた。

米倉が飛んでいく場面や、それを驚愕して見ている長者、慌てている家の者の姿や、糸をつむぐ庶民の姿、東大寺大仏殿で命蓮との再開を祈る姉の尼君の姿(これは、大仏の絵は一箇所で、その前で長い間祈っている姿が何回か登場する異時同図法が採られている。)
どれをとっても印象的であった。

9月24日まで金沢にある石川県立美術館で公開しているので、機会があれば観にいくとよいと思う。(大人1200円)

ところで、こういう公開の仕方は東京では出来ないよな。公開二日目の開館後間もなく入ったので混雑していなかったが、それでも絵巻である以上、その絵の流れに沿って追っていく必要があり、ひとりが立ち止まるとそこで流れが止まってしまうので、鑑賞には時間がかかってしまう。混雑していない中でも時間が予想外にかかってしまうので、当然観客が集中する都会での公開は・・・。

それはそうと、ちょっと気になったのが主催者。
まず、北國新聞社。
カメラマンが撮影に来ていたが、フラッシュをたいて撮影していた。展示品を傷めないために展示室の照明を落としているのだし、撮影は許可されていても作品を傷めないようにフラッシュ撮影は禁止されている美術館とかもあるのだから、主催者としての配慮が必要なのでは?

次に、石川県立美術館。
直接確かめた訳ではないが、特別展鑑賞券では常設展は観れないようであった。折角、訪れた鑑賞者に常設展も鑑賞できるようにすれば良いのにと思う。東博や西洋美術館では当然のようなサービスなのだが・・・。
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